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豊かな蘭陽平野の発展を見守っていた宜蘭神社

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宜蘭神社はもともと、日本統治時代の1901年(明治34年)に、西郷菊次郎(西郷隆盛の長男)が地域の繁栄を願って建てた小さな祠が始まりと伝えられています。
宜蘭の初代庁長に就任した菊次郎は、莫大な費用をかけて宜蘭河に全長1700mもの堤防を建造。これにより、頻発していた宜蘭河の氾濫による洪水は収まり、宜蘭は農作地として急激に発展することになりました。
祠はその後、宜蘭神社として1906年(明治39年)6月21日に正式に鎮座。宜蘭公園(現・中山公園)を経て、員山へと遷座を繰り返しました。現在は員山公園と呼ばれ、小高い山の上にあった神社は、忠烈祠として利用されています。
台湾にあった神社の多くは戦後、完全に破壊・撤去されたり、一部そのまま再利用されたり、地域によって様々なのですが、宜蘭神社は少し変わっていました。階段の前に、神社の遺跡を地中に埋めた状態で、記念碑のように保存展示しています。灯籠の寄進者の名前や日付もよく読み取れ、4代目宜蘭庁長を務めた「小松吉久」の名前もありました。
青銅製の狛犬に挟まれた階段を上ると、忠烈祠に到着。両脇には宜蘭神社の歴史を伝える写真パネル展示が充実していて、見ごたえがあります。
ちなみに階段手前にある神馬はレプリカで、本物は文昌廟内に移設されています。純日本家屋と庭園で有名な宜蘭設治記念館の近くなので、時間のある方は観光のついでにぜひ。

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スポット登録日:2020-11-13

スポット更新日:2020-04-14

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