基隆の神社跡に行ってきました!

台湾各地に残る神社の遺跡。基隆には金刀比羅神社跡がありました~

台湾の神社遺跡を探して、基隆の中正公園にやってきました

台湾の神社遺跡を探して、基隆の中正公園にやってきました

1911年に基隆金刀比羅神社として建てられた、との説明書きが。正面の牌楼も、鳥居の形を残しています

1911年に基隆金刀比羅神社として建てられた、との説明書きが。正面の牌楼も、鳥居の形を残しています

1914年には、天照大神なども合祀され、基隆神社と改名

1914年には、天照大神なども合祀され、基隆神社と改名

1つ目の階段をのぼると、幼稚園のある広場に出ます

1つ目の階段をのぼると、幼稚園のある広場に出ます

幼稚園の敷地内には、灯篭も。外からは、文字などは確認できませんでした

幼稚園の敷地内には、灯篭も。外からは、文字などは確認できませんでした

さらに階段をのぼって、本殿へ

さらに階段をのぼって、本殿へ

門の両脇には1対の狛犬が安置されています

門の両脇には1対の狛犬が安置されています

あ・うんの2体が、ほぼ完全な形で残っています

あ・うんの2体が、ほぼ完全な形で残っています

狛犬の台座には、「大正八年六月」という年月と、寄進者と思われる「吉岡」「河合」の名前が見て取れました

狛犬の台座には、「大正八年六月」という年月と、寄進者と思われる「吉岡」「河合」の名前が見て取れました

現在は忠烈祠になっており、台湾の英霊をまつっています

現在は忠烈祠になっており、台湾の英霊をまつっています

上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2019-01-14

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