大原扁理の台湾読書日記③『台湾生まれ 日本語育ち』

台湾人でもあり、日本人でもある。新しい「日本語世代」のエッセイ集

こんにちは、大原扁理です。

突然ですが、質問です。みなさんは、「日本人」とは誰のことだと思いますか? そして、「日本語」とは誰のものだと思いますか?

この質問に、迷うことなく「私のことです」「私たちの話す言語です」と答えることができるなら、たぶんあなたは今までひとつの文化のなかで育ってきたのかもしれません(いい悪いという話ではなく)。何を隠そう、ハイティーンになるまでの私も、そう思っていました。 

「日本人」「日本語」がぐいぐい広がっていく体験

画像提供:白水社

画像提供:白水社

小学生のころ、『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』というテレビ番組が大好きでした。とくに台湾出身のビビアン・スーちゃんがこの世のものとは思えないほどかわいくて、毎週欠かさず観ていたんです。

この番組、大人になった今なら「なんで?」と疑問に思うポイントがひとつありました。ビビアン・スーちゃんの日本語のテロップが、カタカナだったんです。外国人をほとんど見たことがない田舎に住んでいた私にとって、外国人、そして外国人の話す日本語とは、テレビの中にしか存在しないものでした(のちにそうではなかったと知るのですが)。「そういうもんだ」で済ませると同時に、「外国人の話すニホンゴ」と、「私たちの話す日本語」は別物だという、無意識の切り離しが完了していました。

ところが成長してから、そうは問屋がおろさなくなります。母が日本で生まれた韓国人であると知り、父は中国で生まれた日本人であるとわかり、そうして私は現在、台湾に暮らす外国人。「日本にしか住んだことのない、日本語しか話せない日本人」ではなくなっていくにつれて、私の中でじわじわと、日本人とは誰で、日本語とは誰のものなのかが、それまでの輪郭をはみ出して行きました。 

多様なバックグラウンドがあるという豊かさ

 大人になってから読書という楽しみを発見した私は、いろんな本を読むうちに、とくに英語圏の文学にある憧れを抱くようになりました。それは英語圏の作家たちの、バックグラウンドの豊かさ。中国の人がいて、インドの人がいて、プエルトリコや、さらに日本だと最近ノーベル文学賞を獲ったカズオイシグロまで、まさに百花繚乱。もしも私が英語以外話せなかったとしても、これらの作家がはじめから英語で書いたものを、誰の翻訳も仲介することなく英語でそのまま読めるなんて……超うらやましい!

だから最近、温又柔さんのことを知ったとき、日本語にもいよいよそういう時代が来た!と小躍りしたんです。
温又柔さんは1980年台北生まれ。日本語で小説やエッセイを発表しています。このエッセイ集『台湾生まれ 日本語育ち』では、温さんが両親の仕事の都合で3歳の時に東京に引っ越し、台湾語と中国語と日本語の飛び交う環境で育ち、3ヵ国語のあいだで揺れ動きながら自分のコトバを獲得していくようすが、いきいきと描かれています。

たとえば家庭内の会話は、こんなふうに。

「――これで、ヨーライ・ヨーキーしてあげると、この子、笑咪咪になるの。」
(これで、揺らしてやったら、この子、にこにこ笑うの)


「――あらら、ほっぺ、ユウミィミィ。カナ・小籠包 好可愛!!」
(あらら、ほっぺがぷるぷるよ。小籠包みたいでとっても可愛いわね)

最近どころか、実は私が生まれる前から、日本語にこんな豊かなすそ野が広がり始めていたとわかって、感激と感謝と感動が入り混じった思いがこみ上げる。「私たちの日本語」が、知らないうちにぐんぐん広がっていってたとは! 

日本人も「外国人」「外国語」というすそ野を広げている

 また、海外に暮らすようになってから、こんなふうに思うようにもなりました。

外国人の話す日本語が、日本語のすそ野を広げているのだとしたら、私の話す日本語なまりの英語や、おぼつかない中国語や、ときどき聴きよう聴きまねで発音してみる台湾語は?

カタカナ発音で「ウォ・シー・リーベンレン」とかいって、日本語なまりをからかう人を見るとき、私は愉快な気持ちになります。私(たち外国人)が話すなまった中国語のおかげで、「外国語なまりの中国語」といういくつものあたらしいすそ野が、間違いなく誕生しているという、それはまぎれもない証左だからです。

よく考えてみたら、海外のバックグラウンドを持つ作家といえば、日本にだってずっと前から柳美里さんや、リービ英雄さんや、楊逸さんがいます。そして次の世代の温又柔さんや、まだ見ぬ若い人たちも。

多様な文化を織り込むことで日本語が、そして外国語が豊かになっていく。これからの時代は、それを目撃する喜びがきっと増えていくだろう。温又柔さんの本を読み進めるたび、そのことを考えてとても嬉しくなったのでした。

【今回紹介した本】

『台湾生まれ 日本語育ち』著・温又柔 (白水社) 1400円+税 2018年9月13日 出版
(注:データは新書版のものです。写真は大原氏の私物のため、2015年発売の単行本ですが、こちらは在庫切れとなっていますのでご注意ください。)

・温又柔さんのTwitter:https://twitter.com/WenYuju

・温又柔さんのブログ:https://wenyuju.hatenablog.com/

上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2021-03-30

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