大原扁理の台湾読書⑭『緑の歌 - 収集群風 -』

台湾人少女の恋と成長を、繊細な線描画で描き留めたマンガ

こんにちは、大原扁理です。

ここ数年、台湾本が積極的に日本に紹介されるようになって、ずいぶん手に取りやすくなりました。その流れはマンガ業界でも同じで、注目の台湾マンガが続々と日本で出版されています。

台湾マンガはコマ割り・描線・約束事が、日本のマンガの文法と同じ場合が多いので、アメコミなどと比べると日本の人たちには親しみやすいし、もちろん内容も素晴らしいので、個人的にもオススメしたいものがたくさん!

そこで今回は、最近注目の高妍(ガオイェン)さんが日本の『月刊コミックビーム』に連載した、『緑の歌 - 収集群風 -』をご紹介します。

若手イラストレーターによる、注目の初商業マンガ作品

著者の高妍さんは、1996年台北生まれ。早くからイラストレーターとして台湾と日本のインディーズ出版界で活躍し、2020年には村上春樹のエッセイ『猫を棄てる 父親について語るとき』の表紙を描いたことで、一躍有名になりました。一度見たら忘れられない、あのやさしく懐かしい風合いのイラストを覚えている人は多いんじゃないでしょうか。
撮影:伊東武志

撮影:伊東武志

そして2022年5月には、待望の初商業マンガ作品『緑の歌 - 収集群風 -』(上下巻)を日本と台湾で同時発売。

毎年年末に発表される「このマンガがすごい!」では、2023年版のオトコ編で第9位にランクインされ、デビュー作にして5刷重版が決定するなど、大きな注目を集めています。

平凡な人生のなかにある、特別で大切な瞬間を描き出す

『緑の歌 - 収集群風 -』の主人公は、台湾に暮らす女の子、林緑(リン・リュ)。緑は台北郊外の海辺の町(おそらく淡水あたり)の出身なんですが、どうしても地元が好きになれません。やがて緑は大学進学のために台北へ引っ越し、新しい出会いと別れ、期待と挫折を繰り返し、成長していきます。
……と、あらすじだけ書き出すと、とても地味な物語のようですが、ホントに地味で、これといって大きな事件は起こらないんです。

それなのにこのマンガに心を揺さぶられるのは、高妍さんのやさしく繊細な線描が、一人の少女の平凡な人生のなかにある、特別で大切な瞬間を、とても誠実に、そして鮮やかに描き出しているからだと思います。

頻出する日本のカルチャーに、親近感が倍増

ところでこのマンガには、日本人なら誰でも知っているカルチャーが、ごく自然に出てきます。

たとえば鬱屈していた高校時代、緑が授業をサボって出かけた海岸で、急にスマホのプレイリストに流れてきたのは、はっぴいえんどの『風をあつめて』。

想いを寄せるジェン・ナンジュンに、「この小説に出てくる女の子(小林緑)と同じ名前だね」といって手渡された本は、村上春樹の『ノルウェイの森』。
そしてナンジュンと二人で出かけたのは、細野晴臣の初来台ライブ。

海外の小説やマンガを読んでいるとき、固有名詞やそれに付随する意味がわからないと、物語に入っていけない……と感じることがありますが、『緑の歌』ではそういうことがほとんどないので、海外マンガをはじめて読むという日本の人たちにも、かなり親しみやすいのではないでしょうか。

大人になったら忘れてしまうあの気持ちが真空保存されている

このマンガを読みながら、何度も若い頃の自分を見ているみたいな懐かしい気持ちになりました。

若い頃って、判断材料になる知識と経験が圧倒的に不足しているから、学業・恋愛・仕事など、ひとつでもダメになるとほかの全部もダメなんじゃないかと思ってしまいますよね。自分はまだ何者でもなくて、あまりにも小さくて、いっぽう世界はあまりにも大きい。
つま先から髪の毛の先まで絶望に満たされるようなあの気持ちって、たしかにあったのに、大人になってからもうずいぶん長いこと忘れていました。まるでそういう気持ちを、かつて若かった人たちの代わりに真空保存してくれているよう。だけど緑もやっぱり例にもれず、だんだんそういう気持ちがあったことを、忘れていくのです。

あの気持ちを忘れてしまうことは、ちょっと寂しくもあるけれど、ラストの懐かしい呼びかけに振り向いた緑の笑顔の美しさには、思わず息をのみました。「どんな経験も、本人が気づかないうちに養分になって、現在につながっているのだ」と、緑を通して自分のこれまでの人生まで励まされるようです。
アラフォーにさしかかったおっさんが、ハタチ前後の台湾人少女の物語に共感するのもおかしいかもしれないけど、そんなことはどうでもいいくらいの普遍が、このマンガにはあるのです!

というわけで、オススメしない理由を見つけるほうが難しい(笑)、素晴らしいマンガが台湾から届いたことを祝福したい。みなさんもぜひ、読んでみてください。

【今回紹介した本】
『緑の歌 - 収集群風 - 上』『緑の歌 - 収集群風 - 下』高妍・著(KADOKAWA)上巻780円+税、下巻800円+税 2022年5月25日発売

・高妍さんのTwitter
https://twitter.com/_gao_yan

・高妍さんのInstagram
https://www.instagram.com/_gao_yan/

画像提供:(株)KADOKAWA

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記事登録日:2023-06-05

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