【台湾工場見学】花蓮の吉安郷にある「農會保健作物加工場」を見学してきました♪

台湾農作物の加工現場ってどんな感じかな?

花蓮の吉安鄉にある「農會保健作物加工場」の工場見学のお誘いを受けてやってきました!日本でもあまり工場見学に行く機会がなかったので工場見学ができると聞いて、ワクワク!ここは、9月にご紹介した苦瓜工場の「浅草堂」と同じく、個人農家を応援する形で、農産物を加工、包装、販売までブランディングすることができる場所。アイスキャンディー、ドライフルーツ、お茶などを加工しています 花蓮の吉安鄉にある「農會保健作物加工場」の工場見学のお誘いを受けてやってきました!日本でもあまり工場見学に行く機会がなかったので工場見学ができると聞いて、ワクワク!ここは、9月にご紹介した苦瓜工場の「浅草堂」と同じく、個人農家を応援する形で、農産物を加工、包装、販売までブランディングすることができる場所。アイスキャンディー、ドライフルーツ、お茶などを加工しています

花蓮の吉安鄉にある「農會保健作物加工場」の工場見学のお誘いを受けてやってきました!日本でもあまり工場見学に行く機会がなかったので工場見学ができると聞いて、ワクワク!ここは、9月にご紹介した苦瓜工場の「浅草堂」と同じく、個人農家を応援する形で、農産物を加工、包装、販売までブランディングすることができる場所。アイスキャンディー、ドライフルーツ、お茶などを加工しています

低温真空乾燥機をすると果物や野菜、素材そのものの香りが飛ばず保つことができるそう。ドラゴンフルーツやパイナップルなど何種類かありました

低温真空乾燥機をすると果物や野菜、素材そのものの香りが飛ばず保つことができるそう。ドラゴンフルーツやパイナップルなど何種類かありました

こちらは生姜です

こちらは生姜です

マシーンを使って半手作業でカット

マシーンを使って半手作業でカット

檸檬が低温真空乾燥機に入っている様子

檸檬が低温真空乾燥機に入っている様子

ちょうど生産されていたのは柚×パイナップルのアイスキャンディー

ちょうど生産されていたのは柚×パイナップルのアイスキャンディー

いくつものマシーンたちを前にメディアツアーでご一緒した方々も、写真や映像を撮りまくります。こんな風にコンパクトにマシーンがまとめられていても、このアイスキャンデー1時間に1,600本もできるんですって!(驚) いくつものマシーンたちを前にメディアツアーでご一緒した方々も、写真や映像を撮りまくります。こんな風にコンパクトにマシーンがまとめられていても、このアイスキャンデー1時間に1,600本もできるんですって!(驚) いくつものマシーンたちを前にメディアツアーでご一緒した方々も、写真や映像を撮りまくります。こんな風にコンパクトにマシーンがまとめられていても、このアイスキャンデー1時間に1,600本もできるんですって!(驚)

いくつものマシーンたちを前にメディアツアーでご一緒した方々も、写真や映像を撮りまくります。こんな風にコンパクトにマシーンがまとめられていても、このアイスキャンデー1時間に1,600本もできるんですって!(驚)

こちらの工場は「110年花蓮地區農特產冰品加工設購置計畫」に基づいてアイスキャンディー加工マシーンが設置されたそうで、この工場の特徴のひとつでもあります こちらの工場は「110年花蓮地區農特產冰品加工設購置計畫」に基づいてアイスキャンディー加工マシーンが設置されたそうで、この工場の特徴のひとつでもあります

こちらの工場は「110年花蓮地區農特產冰品加工設購置計畫」に基づいてアイスキャンディー加工マシーンが設置されたそうで、この工場の特徴のひとつでもあります

試食として配られたタロイモ味。ナビはお昼ご飯で、お腹がいっぱいになり過ぎて食べられなかったので、一緒にいた他の記者の方に感想を聞くと「粒状のタロイモも入っいて、味が濃くて美味しい!」と言っていました 試食として配られたタロイモ味。ナビはお昼ご飯で、お腹がいっぱいになり過ぎて食べられなかったので、一緒にいた他の記者の方に感想を聞くと「粒状のタロイモも入っいて、味が濃くて美味しい!」と言っていました

試食として配られたタロイモ味。ナビはお昼ご飯で、お腹がいっぱいになり過ぎて食べられなかったので、一緒にいた他の記者の方に感想を聞くと「粒状のタロイモも入っいて、味が濃くて美味しい!」と言っていました

ちょうど現場にいらっしゃった歴史にお詳しいという范雅鈞さんが、日本統治時代に、この辺りが吉野村(移民村)と呼ばれていたことや1922年に用水路を作り、お米の栽培ができるようになったこと。1928年には吉野1號と名付けられたお米が天皇に献上されたことなどを教えてくださいました

ちょうど現場にいらっしゃった歴史にお詳しいという范雅鈞さんが、日本統治時代に、この辺りが吉野村(移民村)と呼ばれていたことや1922年に用水路を作り、お米の栽培ができるようになったこと。1928年には吉野1號と名付けられたお米が天皇に献上されたことなどを教えてくださいました

「吉野1號」は農協で販売されていて、生産量が少なく人気なため毎年すぐに売り切れてしまうそう

「吉野1號」は農協で販売されていて、生産量が少なく人気なため毎年すぐに売り切れてしまうそう

日本語が堪能な胡忠一署長は、現場にて日本人ブロガーさんや記者たちに同時通訳もしてくれました。(左)行政院農業委員會農糧署の胡忠一署長(右)「農會保健作物加工場」總幹事の張德奇さん<br.<br>「農會保健作物加工場」の一般の方への開放はしていないので、観光で工場見学をすることはできませんが、近くにある農協ではこちらで生産されたものを販売されているそうです!お近くへ行かれたら是非農會の方へ行ってみてください♪

日本語が堪能な胡忠一署長は、現場にて日本人ブロガーさんや記者たちに同時通訳もしてくれました。(左)行政院農業委員會農糧署の胡忠一署長(右)「農會保健作物加工場」總幹事の張德奇さん「農會保健作物加工場」の一般の方への開放はしていないので、観光で工場見学をすることはできませんが、近くにある農協ではこちらで生産されたものを販売されているそうです!お近くへ行かれたら是非農會の方へ行ってみてください♪

上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2022-10-27

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