大原扁理の台湾読書日記⑤ 『ポラリスが降り注ぐ夜』

台湾出身・越境文学の旗手が放つ連作短編小説

こんにちは。大原扁理です。 

2019年に、台湾でアジア初の同性婚が合法化されたのは記憶に新しいですよね。日本でもさかんに報道されたので、性の多様性に対する意識が高い国、というイメージがある方も多いのではないでしょうか。でも、LGBTという言葉もずいぶん認知されてきたとはいえ、その大きな言葉ですくいあげたときにこぼれ落ちてしまう、個別の小さな物語を知る機会はまだまだ少ないかもしれません。

そこで今回は、『ポラリスが降り注ぐ夜』という小説を読んでみました。

日本文学界で活躍する台湾人作家・李琴峰さん

 作者は台湾人の李琴峰さん。李さんにとっては外国語である日本語で執筆活動をされています。さまざまなマイノリティの女性の恋愛をテーマに小説を書き、2021年にはこの作品で芸術選奨新人賞を受賞しました。 

「台湾読書日記」という連載なのでこんなふうに紹介してみましたが、この情報は今すぐ忘れてもらって構いません。なぜなら李さんの場合、作品が国や性別といった境界をものすごい跳躍力で飛び越えていて、「台湾読書」という枠にはめることはあまり意味がないからです。 

新宿二丁目を訪れる、さまざまな人の孤独を描く

『ポラリスが降り注ぐ夜』には、7つの短編小説が収録されています。タイトルにもなっている「ポラリス」は、アジア最大のゲイタウンと呼ばれる新宿二丁目にある、女性限定バーの名前。ある日暮れから夜明けまで、「北極星」という意味のポラリスを目指して、さまざまな女性たちがこの街を訪れます。 

彼女たちは、レズビアンであり、バイセクシュアルであり、トランスジェンダーであり、ノンセクシュアルであり、Aセクシュアルであり、パンセクシュアル……と、こう列挙すると、ひとつも該当しない私にもわかるだろうかと、ちょっとだけ構えてしまいます。が、読み進めるうちにそんな心配は無用だったと気づきます。 

セクシュアリティも国籍もバラバラな彼女たち一人ひとりの物語を、李さんは編み目の細かいタペストリーを織るように、ていねいに、かつ頑丈に、組み上げていきます。 
たとえば『太陽花(ひまわり)たちの旅』では、2014年の台湾でひまわり学生運動に参加したレズビアン女性のその後を。『五つの災い』では、セクシュアルマイノリティに寛容といわれる台湾で、トランスジェンダーの女性が経験してきた社会的・身体的な苦痛を。そしてもちろん、日本人や中国人が主人公の短編もあります。

誰の人生にも生まれ育った国があり、選べなかった性別や家族があり、友人や恋人との出会いと別れがあり、文化や歴史や政治的背景がある。どの色の糸も、なかったことにはしない。

すると立ち現れてくるのは、自分を生きることのままならなさ。理解されないことの孤独。それでも誰かを求めずにはいられない気持ち。

あ、この感情は知っている、と思うとき、遠く離れた向こう岸で聞こえていたはずの声が、今度はすぐ近くから聞こえてきます。

「安心して。確かに大変なこともたくさんあるけど、楽しいこともたくさんあるものよ。世界を、そして自分自身を変える力がなくても、私たちはずっとここにいるの。常に複数形で、いるのよ」 

読み終えてからが本当のはじまり

彼女たちにいろんな時代や場所に連れて行ってもらいながら、何度も応援したくなったり、一緒にやっていきたいと思えたり。そうして少しだけわかったような気になって、あとがきを読むと、この一行にハッとさせられます。 

ただどうか忘れないでおいてください──あらゆる歴史は現代史であり、あらゆる理解は誤解であるということを

ゴールだと思っていた場所が、ほんのスタート地点にすぎなかったときのショックたるや!

でも、これはいいショック。読み終えたあと、「わたしたち」という共同体の主語が、ひとまわり大きくなっているのを感じるはず。だってもう、彼女たちがいないことにされている世界には戻れない。 

目に見える景色が更新されていく、これが小説の魔法にかかることのよろこびです。 

【今回紹介した本】

『ポラリスが降り注ぐ夜』(筑摩書房) 1600円+税 2020年2月27日出版

・李琴峰さんのウェブサイト:
https://www.likotomi.com/

・李琴峰さんのTwitter:
https://twitter.com/li_kotomi 

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記事登録日:2021-06-24

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