【滞在記】埔里で生活しています

台湾中部の町・埔里、ここでの暮らしは自然体が一番

1、はじめに
こんにちはNaoyaです。
今日はNaoyaが住んでいる台湾中部の町、埔里(ほり)を紹介したいと思います。住み始めたのは6年前。埔里にある大学に入学したのがきっかけです。
皆さんは埔里や台湾の中部というと、どの様なイメージをお持ちでしょうか。正直あまりピンとこない方が多いと思います。紹興酒の町やロングステイされている日本人が住む町などで、それ以外にはどうでしょう?
果たして埔里とはどのような町なのか、なぜ自分はここに住んでいるのか、これから皆さんにNaoyaが住み続けている埔里を紹介したいと思います。

2、埔里とは

埔里は台湾の中心に位置し、人口は約8万人。華人と台湾原住民が共に暮らすゆったりとした田舎町で、標高380mの四方を山に囲まれた盆地にあります。地理上の関係から、夏は涼しいので避暑地として、冬は温暖で暖かく、気候の良い過ごしやすい環境なのです。日本人のシニアの方々のロングステイの場所としても有名なところで、今現在もNaoyaを含め、数人の日本人が埔里に滞在しています。
食べ物は紹興酒とマコモダケが有名なのですが、その理由としては台湾一の良質な水質にあると言われています。そのためお茶は勿論、郷土料理もとてもおいしく、よく地元の皆さんと食事に出かけ、美味しい料理に舌鼓を打っています。自給自足で生活をする農家の方が多いので、現地で採れた野菜は新鮮、水はきれい、よってレストランで食べる料理もとても美味しく健康的。素食のお店も多く、Naoyaもよく素食料理を食べて健康志向になっています。
また、ここも亜熱帯気候であるため、バナナやマンゴー、パイナップルなどのフルーツが盛んに栽培されているフルーツ天国ともいえます。もし日本でこれらを購入すると数千円は下らないと思いますが、ここでは格安で手に入り、まさに食べ放題。毎日おいしい食事やフルーツに囲まれ、空気と水がよく人情味がある街で生活が出来て大変幸せなのです。
更に、日本統治時代の製糸工場も残っていて、多種多様の蝶の生息地としても知られているしで、歴史や昆虫好きにはたまらない場所と言えます。

3、埔里での生活

学生さんたちとの食事会

学生さんたちとの食事会



台湾は田舎に行けば行くほど人情味があり、日本人に対して親切な方が多いと思います。特に埔里はそんな町で、自分のような外国人をも喜んで迎え入れてくれました。
そのためここでは自分を外国人と感じないぐらい、皆さんに親切にしてもらっています。
埔里に来ることになったきっかけですが、埔里にある大学の大学院進学と大学講師の仕事の機会を頂いたからです。そのため当時台北に住んでいたNaoyaは、埔里に引越しすることになりました。当時まさかこんな山の中に大学があるとは思いもよらず、しかも一度も来た事がない場所だったので、当初少々不安がありました。ですが、いざ来て見るとその不安も一瞬にして解消。初日にして埔里の方々の人情味に触れることになりました。その後は…もうお分かりでしょう。Naoyaはこのすばらしい環境にピタッとはまり、まるで日本の実家に戻ったかのごとく安心して生活が出来る環境を手に入れました。その後は順調に就労及び学業を続けております。
曁南大学の学生達

曁南大学の学生達

曁南大学付属の高校生達

曁南大学付属の高校生達

曁南大学付属の高校生達です

曁南大学付属の高校生達です

その仕事に関してですが、現在Naoyaは普段は大学や高校にて大学講師として教鞭をとりながら、他の時間は、プライベートレッスンとして日本語教師の仕事や高校、中学校などで講演などの仕事をしています。田舎町なので、皆さんにゆったりとお茶を飲みながら楽しく日本語や日本の歌を教えたりしています。
学生はみんな純粋で真面目、教室は開放感いっぱい、すばらしい学習環境が整っており、皆気持ちよく勉強しています。学生の年齢層は幅広く、下は中学生から上は80歳のシニアの方まで幅広く日本語を教えております。皆さんそれぞれの学習目的や目標は違えど、日本が好きなのはみんな一緒です。
仕事以外のプライベートの時間では、埔里の人とよく遊びに行ったりします。近くには観光地で有名な日月潭や清境農場、廬山温泉などがあり、たくさんの観光客が訪れるところで、Naoyaもよく遊びに出掛けています。
プライベートレッスンの様子 プライベートレッスンの様子
プライベートレッスンの様子 プライベートレッスンの様子

プライベートレッスンの様子

社区(コミュニティ)大学の学生たちと

社区(コミュニティ)大学の学生たちと

日月潭では特に何をするのでなく、湖を眺めながらお茶やコーヒーを飲んでお喋り。あとは有名な茶葉ゆで卵を食べ遊歩道を散歩する…ただそれだけで心が満たされるそんな幸せな所なのです。
清境農場はたくさんの羊が飼われている標高2000m近くの農場で、近くには台湾一標高の高い場所にある7-11やスターバックスがあることで有名。Naoyaもよく出没しコーヒーを片手に小スイスと呼ばれる清境農場近くの山々を眺め、息抜きするのが日課です。
日月潭もすぐ近くです 日月潭もすぐ近くです

日月潭もすぐ近くです

4、埔里で日本語教師をしている理由

亜洲大学の学生

亜洲大学の学生




ここでNaoyaは、日本語は勿論、日本の教育、文化、習慣を中心に教鞭をとっておりますが、日本語を教える理由として、なかなか日本や日本人と接する機会がない埔里の人達に対し、本当の日本や日本人というものを伝え、埔里を日本と関係が深く繋がりのある町にしたいという思いがあります。
Naoyaの講義や講演を通し、皆さんが何かしら日本に関して興味を持って頂ければと願いつつ、毎日頑張っております。
講演会の様子 講演会の様子
講演会の様子 講演会の様子

講演会の様子

Naoyaがそのような気持ちになったきっかけは、2011年に3月11日に発生した東日本大震災に遡ります。当時台湾からの200億円を超える多くの義捐金が送られたことは記憶に新しいと思いますが、ではなぜ多くの台湾人が日本に対して義捐金を募ったのか、皆さんは理由をご存知でしょうか。
実は遡ること1999年に台湾でも台湾中部大地震(921大地震)が発生し、当時台湾中部で2400人を越える死者が出たのですが、その震源地がここ埔里だったのです。台湾も日本と同じ地震大国で、当時震災により台湾も同じ痛みを味わっていたのです。特に埔里が一番の被災地で、人々は心身共に大きなダメージを受けました。
そのとても大変な時期に真っ先に救助に駆けつけたのが、日本の国際消防救援隊の方々だったのです。台湾人は921地震の際、日本人に救助をしてもらい、多くの援助をしてもらっていたのです。それでその当時の日本人の援助を埔里の人々は忘れていませんでした。そのため、今回の東日本大震災が発生した際も、埔里の方々が真っ先に日本に対して義献金を募ったのはそういう理由だったのです。
その後、Naoyaが埔里の方に日本に対する義捐金に関して感謝の気持ちを述べると、彼らは「当然です。921地震の際、日本に助けてもらったのでそのお返しです」と言いました。東日本大震災の際の多くの義捐金には、埔里の方々のその様な思いが込められていたのです。
Naoyaはこの様な埔里の方々の思いに共感し、今後も彼らと共に両国の発展のために頑張りたいという気持ちになりました。日本語教師や講演を通じ日本を伝え続け、この地域に貢献できればと思い、日々努力しております。

5、結び

このような形でNaoyaは今現在、地域と密着して生活しています。自分が埔里に来たことは本当に何かの縁だと感じており、何かに導かれここに辿りついたような気がしてなりませんし、台湾の本当の良さは中部や南部に残されているのではないかと思います。Naoyaは今後も埔里の皆さんには日本の魅力を、そして日本の皆さんには台湾や埔里の魅力をお伝えできればと考えております。皆さんも新しい台湾を見つけに埔里に来て見ませんか。

以上、Naoyaでした。
関連タグ:日本語仕事講師交流

上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2014-10-16

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