新婚生活の始まりは『なんとなく引っかかる』から始まった……
こんにちは、台北ナビです。
今回から新たな試みとして、台湾を舞台にした小説の掲載をスタートします。
ライターさんからの『日台カップルをテーマにした物語を書きたい』という提案で始まったこの連載。
さて、どんなストーリーが展開していくのでしょうか。ぜひご期待ください♡
どんなお話かな?
日本人の妻と、台湾人の夫。
台湾での新生活が始まった。
家族が増え、関りが深くなれば、わだかまりを抱えることも。
嫁姑問題は、世界共通。
意識や生活様式の違いも重なり、夫婦のあいだにひずみが生じ始める……。
日台カップル、義母の風水鑑定に翻弄される妻の憂い
運転席の李建宏(リージェンホン)が大きくハンドルを切り、マンションの地下駐車場へと車を進める。
駅から徒歩5分の場所にあるマンションは、新築ではないものの、白い外壁が美しく、モダンで洗練された雰囲気を纏っていた。
遥香も、すでに幾度か足を運んだ場所であった。だが、今日はいつもより気持ちが昂っている。建宏と結婚し、新生活を始めるスタートの日だからだ。
建宏とは、ワーホリ制度を利用して台湾に語学留学した際に出会った。互いの国を行き来しつつ、3年の交際期間を経ての結婚となる。
新生活を始める場所としてここを選んだのは、建宏の職場が近いことが理由のひとつ。建宏は建築士として、設計事務所に勤めている。
もうひとつは、遥香の好きな「金雞母」が近くにあることだ。留学時に食べた創作かき氷に感銘を受け、いろんな店舗を巡っていた。建宏と出会った夏もよくここで燒冰を食べた。
そして、理由はもうひとつ……。
「ああ、そうだ」
車を停めたところで、建宏が口を開いた。
「先に母さんが来て、掃除をしてくれているんだ」
母親の名は、麗華(リーファ)といった。
「あ、そうなんだ。ありがたいね」
遥香は呟くように返す。
麗華は、ひとり息子である建宏を溺愛していた。明言はしないが、自分の傍に息子を置いておきたいという意思が言動の端々に垣間見え、台湾への移住はそれを汲み取ったところが大きい。
2人は車を降りると、エレベーターホールに向かった。
◆
リビングに入ったところで、麗華が2人に気付いて振り返り、表情を明るくした。
「あら! いらっしゃい!」
麗華が掃除の手を止め、2人のもとに駈け寄る。
「いや、お母さん。ここ俺たちの家だから。『いらっしゃい』はおかしいでしょう」
「ああ、そうねそうね。ごめんなさいねぇ」
建宏の指摘を、麗華はコーヒーを淹れながら、いつもの歯切れのいい口調で返した。
「遥香さん、疲れたでしょう? ちょっと休んでてね。すぐに掃除終わらせちゃうから」
麗華が、遥香の二の腕のあたりをそっと掴んだ。
麗華にとっては触れた程度の力加減だったかもしれないが、その力は強く、圧迫感があった。
「ああ……ありがとうございます。お義母さん」
遥香がそう言って視線を落とすと、麗華の背後にあるダイニングテーブルが目に留まった。
シックな色合いの木目調のテーブルで、かなり大きい。椅子も、デザインを合わせたものが4脚並んでいる。
「ああ、これ?」
麗華が視線に気づく。
「いいデザインでしょう? 天然木の優しい風合いが、2人のイメージにピッタリよ。それにね、こういった自然素材の家具は、部屋のなかの気の流れをよくしてくれるんだから」
麗華は風水に精通していた。
実はこのマンションも、麗華による風水の鑑定を経て契約したものだった。ほかにもいくつか候補があったなかで、最終的な決断をくだしたのは麗華だった。
「母さんは、なんでも風水重視だからなぁ」
建宏はあきれたように言うものの、麗華の意見を多く取り入れているのを知っている。
遥香が部屋を見回すと、いくつか見覚えのない家具が設置してあるのに気付いた。テレビボードにチェストに、どれも落ち着いたデザインで揃えられている。
部屋には、とりあえず新生活が始められる最低限の家具しか置いてないはずだった。
これから建宏といろいろと店を巡り、買い揃えていくつもりだった。可愛い家具で囲まれている暮らしを思い描いていただけに、少々残念に思う。
そこで、キッチンのほうから「カタカタカタカタ……」と電鍋から蒸気が漏れる音が聞こえてきた。
「そうそう。2人のために食事を用意しておいたの。疲れていると思ったから、買いものに出るのも大変でしょう?」
得意げに言う麗華に、「お気遣いありがとうございます」と遥香は取り繕った笑顔で返した
―― 今日は近くの鼎泰豊に行くつもりだったんだけどなぁ…。
建宏とも車のなかでそう話をしていたが、当てが外れた。
「あ、そうそう。母さん……」
建宏がポケットから何かを取り出した。
「これ、作っといたから」
麗華に差し出すその手に握られていたのは……。
―― え、ええ……。合鍵……?
部屋の合鍵を、妻の許可もなく母親に渡す光景を唖然としながら眺めていた。
台湾は馴染みの地ではあるものの、新生活を始めるにあたりぼんやりとした不安を抱えていた。心に薄っすらと霧がかかる程度のものだったが、一気に濃さを増したような感覚をおぼえた。
麗華は鼻歌を鳴らしながらキッチンに向かっていった。
関連タグ:
上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。
記事登録日:2025-09-03