親友からもらったものではない……消えたブレスレットに隠された真実
■これまでのあらすじ
遥香は、ワーホリ中に知り合った建宏(ジェンホン)と結婚。台北での新生活を開始。すると、建宏の母親の麗華(リーファ)が頻繁に訪ねてきては、風水の観点で荷物を運び配置していく。麗華の身勝手な行動に嫌気がさした遥香は抵抗を試みるように。ある日、大事なブレスレットがなくなっていることに気付き、それも麗華の仕業と思ったのだが……。
前回: 「玄関の前に盛り塩が」……義母のお節介に嫌気の差した妻の逆襲1話目はこちら:台湾での結婚生活が始まったが…義母の風水鑑定に翻弄される妻の憂い2話目はこちら:「完璧で無駄なものは何ひとつない」……義母の言葉に芽生える妻の敵対心
親友からもらったものではない……消えたブレスレットに隠された真実
「あのブレスレット、本当は優実ちゃんからもらったものじゃないだろう?」
建宏がどこか冷めた目で遥香を見つめた。
親友からの贈りものだと、建宏には伝えていた。
「えっ……何を言ってるの?」
「憶えてる?俺たちが出会った日のこと」
建宏と最初に出会ったのは、初めて「AKA Café」を訪れたときだった。
食事を終え、店を出るタイミングで声をかけられたのだ。
「あのとき、俺は遥香の隣のテーブルにいたよね?」
遥香は記憶の糸をたぐり、当時の光景を思い浮かべた。
台湾ワーキングホリデーを始めて1ヶ月が経ったころだった。
日本から遊びに来ていた優実とAKA Caféを訪れたのだ。
カクテルを飲みながら近況を語り合うなかで、恋愛事情にも話が及んだ。
「どう?庄司先輩のことはもう吹っ切れた?」
優実が口にした『庄司先輩』というのが、遥香の元恋人だった。
大学で所属していたサークルの先輩で、2年ほど交際。庄司は大手物流会社に就職し、社会人2年目となり仕事が忙しくなるなかで、すれ違う機会が多くなっていた。
別れの気配が漂う状態が続き、最後は遥香の留学が決め手となった。
「うん、もう全然。こっちに来てやることがいっぱいありすぎて、感傷に浸ってる暇なんてなかったよ」
「でも……。それ、まだつけてるじゃん」
優実の視線が、遥香の手首に向けられる。
そこには、例のブレスレットがはめられていた。
「ああ、これね……」
庄司からの贈りものだった。
有名ブランドの限定モデルで、スッキリしたシルエットが気に入っていた。
「これ、だいぶおねだりして買ってもらったんだよね。彼に未練があるからとかじゃないよ」
友人と交わす他愛ない恋バナに過ぎなかった。
以降、庄司のことなど話題にあがることもなかったのだが……。
「思い出した?」
「うん……。あのときの会話が、聞こえてたんだね」
「そう。遥香に恋人がいないってわかったから、店を出るところで声をかけたんだ。このチャンスを逃したら、絶対後悔すると思って」
「そうだったんだ。でも、だからって捨てるなんて……」
「俺も、捨てるつもりはなかったんだ。数日前の朝……」
建宏が、リビングの端にあるチェストを指さした。
「あの上に置いてあったのを、誤って落としてしまって。ゴミ箱に丁度入っちゃったんだよ。すぐに取り出せばよかったんだけど……。
遥香、いつも機嫌悪かったし。遥香のために早く帰ってきても、ろくに口もきいてくれないし、俺もイラっとしちゃって。ブレスレットに関しては、気になってるところもあったから、このままでいいや……って」
建宏が頭を下げる。
「本当にごめん。仕事中に気になって、元に戻そうと思ってたんだ。ただ、帰ってきてゴミ箱を覗いたら、もう片付けられてて。その件について、今日まで聞くに聞けずにいたんだ」
申し訳なさそうに事情を語る建宏の姿に、遥香は誠意を感じとった。
自分の身勝手な振る舞いにより、建宏にストレスを与えてしまっていたのだと、胸がチクリと痛んだ。
そこで、しばし存在を忘れていた人物から横やりが入る。
「ちょっと、いいかしら?」
麗華が、2人をのけるようにしてあいだを進み、チェストの前に立った。
「ブレスレットって……これじゃない?」
チェストの下段にある、棚の扉を開いた。
なかには、麗華が片付けたドライフラワーやジグソーパズル、盛り塩が入っており、奥からブレスレットを取り出した。
「ああっ!それです!」
「2~3日前かしら、ゴミ箱を覗いたら入っていたのよ。もしかしたら、私が荷物を片付けているときに誤って落としてしまったんじゃないかと思って、拾っておいたの」
「そうだったのか……」
建宏が安堵のため気をもらす。
「問題が解決してよかったじゃない。これも、部屋のなかの気の流れが良くなったおかげね」
麗華が得意げに頷く。
麗華の言動には許容できない部分があるものの、夫婦間の蟠りが解消できたのは事実。溜め込んだままでいれば、深刻な事態に陥っていたかもしれない。
「でも、母さんも、拾ったならチェストの上に置いておけば良かったじゃないか」
「そうなんだけどねぇ。私、あんまりこのデザイン好きじゃなかったのよ。だから、捨てたなら捨てたで、良かったと思ってしまって。遥香さんなら、もっと似合うものがあると思うの」
麗華が、「でね……」とバッグから何かを取り出した。
「丁度今日、遥香さんのために用意してたの!」
手にのせられていたのは、数珠タイプのブレスレットだった。紫や緑の淡い色の丸い石が、いくつも連なっている。
「麗華は、遥香の手をとり、ブレスレットを手首に通した。
「まあ、素敵!とても似合うわ!」
上機嫌な麗華を、遥香は苦笑いを浮かべながら眺める。
そもそも今回の一件は、麗華の行き過ぎた行動が発端となっているのだが、一切気にしている様子はない。
―― これぐらい逞しくないと、ダメなんだろうな……。
異国の地で生きていくためには、見習うべき姿勢なのかもしれない。
ひとまず麗華を評価しながらも、建宏と目を合わせ、やれやれといった表情で頷き合った。
―完―
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記事登録日:2025-09-17