台北の街角に今も残る「日本」を巡る

日本統治時代の建築物を紹介した著作もある片倉佳史さんの案内で、台北の歴史建造物を巡るツアーに出かけました。

案内人の片倉さんです!

案内人の片倉さんです!

こんにちは。台北の街を歩いていると、おばあちゃんの家に来たような懐かしさを感じる 風景に出会うことがよくあります。瓦ぶきの立派な日本家屋やレトロな洋館…。時代の背景や歴史を知れば、街歩きがもっと楽しくなるはず。日本人たちがこの地に住んでいた当時の面影を探す小旅行に出かけてみようと、日僑工商会の行事として企画され、日本統治時代の建造物について造詣の深い台北市在住の片倉佳史さんがガイドを担当、一日ツアーとしゃれてみました。で、その日一日のコースは以下のようなものでした。所々で、日本語でのボランティアガイドなども入るとのこと。どんな人たちと会えるのか期待をふくらませる一方、食べることに目のないナビは、レトロ食堂でのカレー、北投温泉での畳部屋での宴会が楽しみ!ということで、総勢15人ででかけたのでした。

この日のスケジュールです!

8:30 中山北路「老爺大飯店」前出発

8:40~9:30 西門町<お地蔵様・天后宮参拝>~<紅樓>
11:00~12:00 総統府(台湾総統府)、立法院(台北第二高女)、監察院(台北州庁)、行政院(台北市役所)を車窓見学。

12:20~13:30 波麗路(ボレロ)本店で昼食(カレー)

14:20~14:40 国父史蹟紀念館(梅屋敷)

15:00~15:30 水道水博物館(公館)
17:10~19:00 逸邨大飯店(星乃湯)にて夕食と温泉入浴

20:00 台北市内にて解散
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さて、一行は晴れた南国の空の下で、汗をふきふき、今は若者の街、西門町へやってきました。それでは、それぞれの建物の解説です。片倉さん、お願いします!
紅楼劇場(旧西門市場)


「紅楼」とは、中国語でれんが造りの建物、という意味。当時は市場として賑わっていたそうです。上から見ると八角形なので、「八角堂」というかわいい名前でも呼ばれていたのだとか。(MRT西門駅前)
合作金庫銀行(旧台北信用組合)


威厳のある西洋建築。門の上では、石でできたフクロウが銀行を見張っていま す。なんでもふくろうは賢こくて「夜行性なので夜も見張っているから、泥棒にも入られずに安心」という意味があるのだとか。「ヘエエ!」トリビアネタを仕入れれば、建物を見る時も楽しくなることうけあい!(二二八和平公園のすぐ前)
明石元二郎総督墓地鳥居


明石元二郎は第七代台湾総督。台湾の地で眠った総督は彼ひとりだけ。そのため、鎮守の神として祭られていたそうです。この鳥居は日本人墓地にあったのですが、終戦後は連なったバラック小屋の中に埋もれていました。今は二二八和平公園内に移されていますが、政治的な背景もあって、表示は何もつけられていません。なんの説明もないことで、逆に鳥居が歩んできた運命を考えさせられるかもしれません。(二二八和平公園内)
ボレロ


横浜にありそうな、80年以上続くレトロな洋食屋さん。こちらでカレーライスの昼食。このお店には当時、台湾人の作家や作曲家などの「知識分子」たちが集まって、文学や音楽などの芸術について熱く語っていたんだそうです。彼らが口泡とばして議論をする声が聞こえてくるような、そんなお店です。(迪化街近く)
国父史跡記念館(旧梅屋敷)


中華民国建国の父、かの孫文先生も訪れたことがある日本式旅館。当時は、台北の最高級料亭として、日本人の政治家が通っていたそうです。(台北駅付近)
逸邨大飯店(旧星の湯)


ツアーのしめくくりはやっぱり温泉。日本の温泉そのものといったたたずまいの温泉宿。終戦までの名称「星の湯」は、今でも通称として使われています。

逸邨大飯店

宿泊ももちろんオーケーですが、食事と入浴だけの利用も可。食事のメニューには中華料理とすき焼きがありますが、今日はみんなですき焼きを楽しみました。このすき焼き、台湾人のおばちゃんが作ってくれるのですが、これがどうして、とっても本格的。ビールを飲みながら甘辛いお肉をほおばれば、ああ~極楽~。ほろ酔い気分で入る温泉もオツなもの。ちなみに、畳のお部屋を借りることもでき、その場合は七輪ですき焼きを作ってもらえます。これもなかなか風情がありますよ。(MTR新北投駅下車、徒歩15分)

自分ひとりでボーゼンと歩くのとは違い、かつての空気をも知った方のガイド、そして遺跡としての建造物の魅力を語ってくれる人とこのコースを回れたことは価値のあることでした。みなさんも、本などをひもとき、かつての台北の姿を感じながら散歩をしてみては。何か新たな発見があるはずですよ。

以上、台北ナビでした。

*ガイド役は戦前の日本語教育を受けた世帝喜旅行社(股)「張廷珪」渉外部長に当時の体験をもとに案内していただきました。

 

上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2008-07-10

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