媽祖を祀った廟は「天后宮」と呼ばれています
こんにちは、台北ナビです。
馬祖港に向かって位置する馬祖天后宮。ここは島における媽祖信仰の中心地で、連江県の大きな宗教文化イベントはほとんどここで行われています。
毎年旧暦の媽祖の誕生日には盛大な祭事や巡礼が行われるのですが、その時には台湾本土や中国各地からもたくさん信者が訪れて賑わいます。宮前に入りきれなくて、港の広場にまで人があふれます。媽祖様の御神輿を担いで島中を練り歩く巡礼では、多くの人が神輿の下をくぐろうと長蛇の列を作ります。
馬祖の天后宮は、必ず海の近くです
馬祖港に天后宮はあります
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港に向かって左が天后宮
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港前広場はここ
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これをバックに皆記念写真を撮りますね
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実在の人物でした
宋代に実在した官吏の娘、黙娘が神となったのが媽祖と言われています。
黙娘は、ある日行方不明となった父を探しに船を出し遭難。その後ここ馬祖の南竿に遺体が打ち上げられたという伝説があり、馬祖という地名の由来になりました。
台湾では実に95ヶ所の廟や宮に、媽祖が祀られていて、天后宮や媽祖廟と名付けられていたら、比較的大きな構えをしています。
中国、香港ほか、マカオ、ミャンマー、タイ、ベトナム、マレーシア、インドネシアなど華僑の多い街には、天后宮や媽祖廟があります。
まず正面から見てみましょう
その媽祖が眠ると言われている「馬祖天后宮」は、神聖な力が宿っていそうな外観で、祀ってある媽祖様もとてもおだやかな優しい表情をしています。
村人たちは馬祖港に打ち上げられた親孝行な媽祖に感銘を受け、遺体を鳳紋が彫刻された石棺で篤く葬りました。
媽祖は生前とても善良な人間で、神通力もあったと言われています。9月9日に昇天し、明朝時代には「天妃」、清朝康熙時代には「天后」と呼ばれました。
見事な彫刻にご注目
月日とともに古くなった建物は、1943年に和平救国軍司令の張逸舟が監督となり再建しました。その後も幾度か修復が行われ、現在は宮殿様式の荘厳な建築になっています。これは中国、台湾本土、馬祖の職人たちが共同で完成させたもので、彫刻や梁の絵は非常に見応えがあります。特に門にはご注目ください。大木を彫って作られた男女の人物が左右に位置しています。
ヒマラヤへ
向かって右の方に李小石さんがヒマラヤにお連れした媽祖様がいらっしゃいます
2009年3月、馬祖出身の書家であり画家かつ登山家の李小石さんが、金色の媽祖像を背負ってヒマラヤに登りました。媽祖はエベレストに最初に登った神様と言えます。この金色の媽祖像は現在こちらの天后宮に祀られています。
李小石さんは2013年5月、ネパールのLhotseを登山中、不幸にも高山病で命を落としてしまいましたが、登山の時はいつも馬祖の高粱酒を携えていたということも有名で、彼の登山をしている写真は、「馬祖酒廠」にも飾ってありました。
お布施(いくらでも気持ちでどうぞ)を入れると、お水が1本いただけます、ナビはそうしました
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天后宮の横にはショップもありました
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以上、台北ナビでした。