ご利益があるかも?金色の布袋様を見に宝覚寺へ!

高さ30mの地点から台中の町を見下ろしています

日本統治時代の1926年に臨済宗妙心寺派のお寺として建立された宝覚寺にやってきました。

日本統治時代の1926年に臨済宗妙心寺派のお寺として建立された宝覚寺にやってきました。

古い赤レンガの建物を守るように、白い大きな建物がかぶさっているお寺は非常に迫力があります。

古い赤レンガの建物を守るように、白い大きな建物がかぶさっているお寺は非常に迫力があります。

外観だけ見ると、あまり日本っぽさはなく、台中人のナビ友は「え?日本のお寺だったんだ?」と驚いていました。

外観だけ見ると、あまり日本っぽさはなく、台中人のナビ友は「え?日本のお寺だったんだ?」と驚いていました。

灯篭があるのが唯一日本を感じさせます。

灯篭があるのが唯一日本を感じさせます。

そしてこちらが名物である金色の布袋様。1960年代に建設されたもので、高さは約30mあります。

そしてこちらが名物である金色の布袋様。1960年代に建設されたもので、高さは約30mあります。

穏やかなお顔をしていて、こちらまで嬉しくなってしまいますね。

穏やかなお顔をしていて、こちらまで嬉しくなってしまいますね。

さて、忘れてはいけないのが、こちらの納骨堂。日本統治時代に台湾で亡くなり、埋葬された日本人と、日本兵として戦死した台湾人の遺骨の一部がここに安置されていて、毎年11月に慰霊祭が開催されます。

さて、忘れてはいけないのが、こちらの納骨堂。日本統治時代に台湾で亡くなり、埋葬された日本人と、日本兵として戦死した台湾人の遺骨の一部がここに安置されていて、毎年11月に慰霊祭が開催されます。

日本人の遺骨を守り続けてくれることに感謝をしながら、お寺を後にしました。

日本人の遺骨を守り続けてくれることに感謝をしながら、お寺を後にしました。

関連タグ:布袋様大仏宝覚寺歴史日本統治時代

上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2020-07-13

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