2年に1回行われ、2016年は10年に1回の大祭でした!
こんにちは、台北ナビです。
シャンシャンシャンと、今でも目をつぶるとあの時の光景が目に浮かびます。
夏に行ったアミ族の情熱的な豊年祭とは違って、哀愁漂うような神秘的なお祭り、それがサイシャット(賽夏)族のパスタアイ(矮靈祭)です。パスタアイは、2年に1回、3日間にわたって行われ、2016年は10年に1回の大祭でした。今回ナビは、11月12日~13日と、苗栗県南庄郷の向天湖の開催場に行ってきました。向天湖は標高738m、林間の盆地に開けた湖で、湖畔は常に霧に覆われて、静寂そのものです。
台北から台鉄で、竹南へ(自強號で約1時間半)、そこから「台湾好行」バスで南庄へ(約1時間)。南庄から「台湾好行」バスで向天湖まで(約30分)。但しこの3日間のお祭りの時期は、南庄から一晩中臨時バスが出ていて、道も混むので片道約1時間かかります。通行証がないと一般の車は会場まで入っていけません。ナビたちが着いたのは午後4時くらい。出店もたくさん出ていてお祭り気分も上々。
100mほど先に屋台の匂い!!
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わあ~!お祭りだ~!とナビたちのテンションも上がります!!
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サイシャット(賽夏)族とは
人口約6000人、台湾原住民16民族の中でも少数派の民族です。台湾の新竹県と苗栗県の境界にまたがって居住していて、タイヤル族や客家と隣接する北サイシャット(新竹県の霧峰郷)と南サイシャット(苗栗県の南庄郷と獅潭郷)に分かれます。彼らのお祭りはパスタアイが一番有名ですが、他にも祖霊祭や祈天祭、敵首祭、播種祭などがあります。
パスタアイ時の衣装は赤色と白色が基調で、サイシャットの雷女を表す卍が刺繍されています。雷女はサイシャットに生活を教えた神で、赤は祝福、白は純潔を表します。男性は短いか長いかのベストを着用し、女性は上下服とバンダナが基本。時代とともに貝や真珠のビーズでの装飾が華やかになり、魔よけの鏡が担ぐバッグに取り付けられます。文物館にも精緻に織り込んだ織物などが展示されていますが、手工芸の評価は高く、タイヤル族と接触してきたので、かつて女性は額に男性は額とあごと胸にイレズミをいれる習慣がありました。
パスタアイ矮靈祭(こびとまつり)の由来
2年に1回、農作物の収穫後、満月の前後に開催。かつてここには身長90センチに満たないタアイという小人が住んでいました。彼らは当初サイシャット族に農耕技術や踊りを教えてくれていたので、サイシャット族は毎回村の踊りに小人たちを招待していました。が、やがてサイシャット族の女性たちの多くが妊娠。怒ったサイシャット族はタアイが樹上で休息する習性を利用して、大樹もろとも一族を谷底に落とし溺れ死なせました(所説により、1人か2人が生き延びたそう)。ところがその後、凶作が続いたことから、小人たちの霊を慰めるために、慰霊祭を催すようになったといいます。小人を祀り、懺悔して見送るというのがこのバスタアイ(矮靈祭)で、参加する人々は3日間夕方から朝まで踊り続けます。1日目は迎霊、2日目は娯霊、3日目は送霊の日。2016年は南が11月11~13日、北が12~14日で行われました。年ごとに開催日程は異なるので、正確な日程は郷公所(役場)などで確認しましょう。
始まります
さて、18時開始前から、人々は列を作り魔よけのススキの葉を腕や衣服、カメラなどにつけてもらいます。カメラにつける前にお祭りの写真を撮るのはダメ、とサイシャットの方々に言われました。ススキの葉は長老たちが事前に清めたもので、つけてもらう場所は「祭屋」の前。葉は祭りが終わるまで取ってはいけません。また、「祭屋」には一般の人は入れないし、サイシャット族も限られた人しか入れず、写真もダメ。入口の前は常に開けておくようにと、少し立っただけでも注意されます。また、お祭りには妊婦とその配偶者は参加することも観ることもできません。参加すると2人によからぬことが起こるばかりでなく、お祭りの運行にも影響を及ぼすそうです。祭り中のけんかや争い事も禁止されています。年を経るごとに観光客も増えてきていますが、一般の人が踊りに参加していい時間帯もあれば、そうでない時もあり。
もし今後見に行きたい方は、彼らのお祭りのしきたりを尊重し、絶対厳守で参加することが大切です。
日が暮れてくると、列ができます
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「祭屋」の前でススキの葉をつけてもらいます
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規則と手のつなぎ方なども書かれています
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一晩明けた後の「祭屋」の外観
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サイシャットの姓
パスタアイは、「朱」という名字の人が主祭です。祈天祭は「潘」という姓の人というように、古くから漢人のように姓を持ち、この「姓」単位で祭りも行われていました。今日のパスタアイは、7つの姓を記した「舞帽」と呼ばれる扇のような旗が出ていました。風、楓、夏、解、絲、日、芎。台湾人にはない姓もあり、サイシャットでも北のみ、南のみの姓もあります。全部で17種で、うち血と膜という姓は末裔がすでに亡くなりました。文物館に行けば、姓の意味も明記されていますが、「舞帽」の絵柄を見れば一目瞭然。日さんは太陽、解さんは蟹、絲さんは紫というように大体わかります。「舞帽」を持つ人は男性で、祭りの空気に合わせて、走ったり同じ場所で飛んでいたり。
この日は10年1度の旗も時々登場しました。2年に1度の小祭の旗とは違うそうです。20時ごろに一回。その後夜中までは出てこず、ナビも一度テントへ休みに行ったので、朝方5時ごろまた見ました。同じように皆が旗を追いかけるように1周し、朝方6時ごろにまた出ました。今度見られるのは10年後だぞ~!という声が聞こえてきました。
聞けば、3日間で5~60種の歌を歌うそうですが、天から降りてきた指示で歌の順序が決まるそうで、観光客には同じように聞こえるかもしれませんが、全部違う歌だそうです。歌うのはずっと男性で、ナビにはどこか悲しげな感じがしたのですが、2日目の歌は小人たちと遊ぶ日なので、楽しい歌なんだそう。3日目は小人たちとのお別れの日なので、とても悲しくなるそうです。
衣装、着せてもらいました~!
中央の右がお姉さんの英妹さん、左が妹の月兎さんです
ナビたちは近くにいたサイシャットの人たちと話を始めました。「姓」は錢さん。
潘と錢と黄の姓は、同じグループとしてみなされ、枝が交差する意味だそうです。お姉さんの英妹さんは83歳でサイシャットの風さんと結婚。その娘さんのご主人はタイヤル族で、この日はタイヤルの衣装を身に着けていました。
妹さんの月兎さんは80歳で漢人に嫁ぎました。月兎さんの娘さんたちは確かにお顔が漢人に近く、娘さんたちの姓は邱さん。サイシャットにはない姓で、客家人に多い姓です。皆さんの写真を撮った後、着てみなさいよと言われ、着せてもらいました。
臀鈴の音
一番印象深かったのが、腰で鳴らす鈴の音です。この楽器(?と言っていいのか)は臀鈴といい、悪霊を駆逐するもので、一列に手を交差してつないだ人たちが同じリズムで踊り鈴を鳴らします。前後左右と決まったステップがえんえんと続きます。鈴が付いたバッグはすべて手作りで、我が「姓」を縫い付けていたり、様々ですが、魔よけの鏡は大体付いていて、中には3つくらい付けている人もいます。彼らは老若男女で、必ず一番外側を回っています。
円の中にいる人たちは、時々観光客も入ると大きなサークルが何重にもなり、歌によって急に走ったり。追いつけなくて転ぶ人もいました。
同じような歌と踊りが、こうやって朝の6時まで続きます。
ナビはさすがに3時過ぎ、いったんテントに戻り仮眠をとりました。が、寒くて眠れず、結局朝方また会場へ。皆それぞれ戸外で服を着こんで寝ていたり、静かに話していたり。会場は依然として踊り歌いが続いていました!
真夜中の屋台
向天湖は観光地でもあるので、普段でもカフェや原住民料理レストランほか、日本へのお土産にはちょっと重いかもしれませんが、蜂蜜や小米(粟)酒、お餅などの店もあり、民宿などの宿泊地も備えています。が、パスタアイの3日間は観光客も多いので、屋台は一晩中にぎわっています。一晩中やってる屋台って、台湾中探してもここだけかもしれません。
但し、この3日間の宿泊をここでと思うなら、半年前には予約は必須でしょう。大部分の人は南庄で泊まり、一晩中走るバスで行き来するようです。ナビたちは南庄でも民宿が取れず、結局テント持参で向かいましたが、そういう人たちも多かったです。或いは夜中ずっとお祭りを見たり参加したり食べたり飲んだりして、朝の終了後に帰っていく人も多かったです。
朗らかに笑っています
終了は6時、と聞いていたけど、結局この日は7時過ぎまで続いていました。小人たちとの戯れが楽しかったのでしょうか。
旧暦の10月15日前後に行われるパスタアイ(矮靈祭)。ナビは今回10年に一度の大祭の機会に文物館を訪れましたが、お祭りでなくても向天湖は美しいところなので、南庄老街観光と合わせてくるのもいいでしょう。民族特有の文化を大切に保存継承しているサイシャット族民俗文物館を含め、湖周辺の散策や原住民料理、民芸品や特産品のお店なども楽しんでください。
バス「台湾好行」─南庄線
路線:竹南駅(東駅)→苗栗客運バス(頭份ターミナル)→国光客運バス(頭份)→三湾→獅頭山古道口→龍門口→勸化堂→桂竹林→南庄国中→南庄老街→苗栗客運バス南庄(南庄ビジターセンター、終点から向天湖or仙山線へ)
以上、台北ナビでした。
上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。
記事登録日:2016-12-20