東部のブヌン族の暮らしは、素朴で温かく、のんびりとしていました
Hudas SiwaさんとKimさん
こんにちは、台北ナビです。
台東県延平鄉にある桃源集落は、またの名を巴喜告(Pasikau)と言い、もともとは卑南(プユマ)族の言葉で、「竹林」を意味するものでした。現在の住民は內本鹿という場所から移動してきた布農(ブヌン)族の人たちが大半ですが、プユマ族の呼称であった巴喜告をそのまま継承しています。集落は最盛期で3000人、2016年現在は約900人が住んでいます。
ブヌン族は、中央山脈の両側に住む典型的な高山民族で、18世紀頃、南投あたりのブヌン族が玉山(新高山)を中心に大規模な移動をはじめ、それは日本統治時代まで続きました。現在は南投県の仁愛郷、信義郷、高雄市桃源区、那瑪夏区、台東県の海端郷、延平郷、長濱郷、花蓮県の卓溪郷と萬栄郷、瑞穂郷の一部が居住範囲となっています。人口は約57,266人(2016年9月・行政院原住民族委員會)。独自のブヌン語を有し、ブヌンとはブヌン語で「人」を意味する言葉です。
今日「巴喜告」を案内してくれるのは、地元延平郷ブヌン族の邱正賢さん。ブヌン名はKim。まず連れて行ってもらったのは、集落の入口にある台湾で最後の旧式のガソリンスタンド。「聴装」(中身を聞く、という意味)と名付けられた、一見投票受付け所のようなこの場所。
以前は大手のガソリンスタンドまで2時間もかかったため、設立されたのが1987年のこと。その頃から今まで約30年、毎日住民たちの「足」を担っています。中に入ってみると、地元の人たちや会の名札がついた10リットルのボトルキープ(!)がぎっしりと並んでいます。こちらは車用。バイク利用の旅人には、次のガソリンスタンドまで持つようにと1リットル以内で入れてくれます。現在台湾に唯一残る旧式スタンドなので、わざわざ写真を撮りに来る観光客も増えているのだそうですよ。
確かに本日の価格とガソリンスタンドの色
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中はこんな感じ
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年季の入った車用10リットルの容器
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ボトルキープ!!
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ガソリンスタンドを過ぎると、左手に小高い場所があって、Kimさんがここは神社があった場所なんだよ、と教えてくれました。ナビがちょっと見てもいい?と聞くと、年配の人にはある意味屈辱の場所なんだけどね、と。その昔、日本軍の出征式がこの神社で執り行われたそうです。年長者をとても大事に尊重するするブヌンの人たちは、年配の方々の話をよく聞き、いつでもどこで非常にいたわっています。
でも、とKimさん。ちょっとわからないことがあるから、来てみて。と、階段を上ってみると、神社に続く階段は残っていますが、一番上には何もありません。日本の神社に特有の石垣もブヌン独特の石垣に変えられているので、神社がないのは当たり前ですが、果たして奥の方にあったのか、中央にあったのかよくわからないんだよね、とのこと。年配の人たちはもうここまで上ってこられないから、聞けていないんだ、と。たぶん一番奥?でも丸く残った台は違うような…ナビもよくわからずじまいでした。
石垣はブヌン、手すりは中華、でも土台は日本の神社
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上り切った場所
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桃源小学校前にて
先ほども書きましたが「巴喜告」集落=桃源集落で、次に桃源小学校の前にやってきました。ブヌン族の子供たちの学校です。ナビは南投県信義郷東埔村のブヌンの子たちの小学校は行ったことがありますが、校門にあったのは矢を射る勇者の彫刻でした。が、こちらにあるのは鳥とガマガエル。Kimさんの話しによると、「その昔村に洪水が来て皆が逃げ、その時火種を持ってくるのを忘れた。ガマは泳げるので取りに行ったが、ガマは火種を運ぶとき焼けたので茶色になった。その後鳥がガマが口にはさんだ火種を受け取り運んだ。今度は嘴と足が焼けて赤くなった。火種は無事運ばれ、人々は料理を作ることができ生き延びた。」そのようなことから、ブヌン族は狩猟しても、この2種は絶対捕えないとのこと。彼らの「神獣」と言われる鳥は紅嘴黑鵯、ガマは癩蝦蟆と書きます。迷信深いブヌン族は、「夢」もとても重視しており、いい夢を見ると狩猟に行くけど、夢の中に蛇や変な鳥が出てきたり、子供がおならをしたりすると狩猟に行かないんだそう。
節子さん
ひ孫さんと
この後、Kimさんのお祖父さんのお姉さんを訪問しました。昭和5年生まれ、86歳の日本名節子さんは、やはり内本鹿から降りてきた一人です。ブヌン名はHudas Siwaさん。Hudasは祖父母世代への敬称です。現在は八部和音の歌い手として現役ですが、助産婦さんでもあり、集落の子供たちのほぼ全員が節子さんに取り上げられているのだそう。今は体力的に助産婦の仕事は無理ですが、体位不全の赤ちゃんなら、妊婦さんのお腹をつかんでぎゅっとひとひねりで、正常な位置に戻すのはお手のものだそうです。Kimさんの奥さんはすでに体験済みだそうで、かなり痛かったわよと言っていました。とてもゆっくりときれいな日本語を話すHudas Siwaさんは、小学校の時はいつも成績優秀で、日本時代は看護師として働いていました。おしゃべりしていたら、食べなさいと、ブヌン族のおやつであるアバイという粟粉で肉を巻いた粽をいただきました。葉っぱは偽酸漿と言って、葉っぱごと食べられます。
まずは「布農集落レジャーファーム」を訪れて、豊富な早期の集落文史資料と文物展示を見て、美しい歌声と八部合音、伝統的な儀式や踊りを参観し、自作自農の食材を使った原住民料理を食べてみましょう。ここでは宿泊もできます。
ここまで来たら、巴喜告集落ほか、紅葉集落や鹿野高台へも足をのばすこともできます。織物が好きな方は、巴喜告を訪れたらぜひ阿布斯工坊へも行ってみてください。ブヌン族の伝統的な織物がたくさんあり、DIY教室も行っています。
以上、台北ナビでした。