大原扁理の台湾読書日記⑯『綺譚花物語』

台湾アイデンティティ×歴史×百合×幽霊。唯一無二の台湾マンガをご紹介!

こんにちは。大原扁理です。

近年、台湾のカルチャー界では「台湾アイデンティティ」が重要なキーワードになっています。これまで台湾では、映画や小説など、日本や欧米から輸入されたものが多かったんですが、今や台湾が自国の固有の歴史や文化、言語、そして社会問題を織り込んだコンテンツを積極的に発信。その潮流は台湾を飛び出し、少しずつ日本にも紹介されています。
なかでもマンガは、すでに巨大市場を獲得していた日本の作品に押され気味だったんですが、嬉しいことにここ数年、日本に紹介される台湾マンガの出版点数が増えてきているのです!

というわけで今回ご紹介するのは、そんな台湾アイデンティティがテーマの作品から、歴史モノ、百合、さらに幽霊という、唯一無二の組み合わせのマンガ『綺譚花物語』をご紹介します!

台湾内外で認められる実力派タッグによるマンガ

マンガ担当の星期一回収日さん(←ペンネームは「月曜はゴミ回収日」という意味、笑)。台南出身のマンガ家で、2019年には台湾漫画界の最高栄誉ともいわれる「金漫奨」を受賞しています。つい先月には、日本で新刊『ネコと海の彼方』が翻訳出版されました。

原作担当の楊双子さんは、台中生まれの小説家であり、大衆文学とサブカルチャーの研究者。双子の姉妹の共同ペンネームで、歴史×百合をテーマに数々の小説を執筆されています。楊さんも今年(2023年)4月に、『台湾漫遊鉄道のふたり』という作品が翻訳出版されるなど、どちらも台湾内外で認められる実力派。

そして今回ご紹介する『綺譚花物語』も、なんと2021年の金漫奨を受賞!となれば否が応でも期待が高まります!

日本時代の台中を舞台に、人間と幽霊が繰り広げるファンタジー

このマンガは、1936年(昭和11年)の台中市を起点に展開される短編集。全4編+おまけで構成されています。

第1話の『地上にて永遠に』で描かれるのは、幽霊が見える台湾人女学生・英子と、2年前に死んだ先輩・詠恩の関係。詠恩は死後、幽霊となって毎晩実家に現れるようになります。困った家族は詠恩を「冥婚」、つまり死者を娶らせるのですが……というストーリー。
詠恩はどうして成仏できないのか?なぜ実家に毎晩現れなければいけなかったのか?というミステリ要素もあってワクワク。そして、親しみやすくユーモアのある絵柄なので、ファンタジックでかわいい恋の話かな~と思ったら、だんだん明らかにされていく、当時の女の子たちが生きていた社会事情。

1920~30年代は、一般的には台湾文化における黄金時代などと呼ばれ、日本を通じて西洋の新しい生活習慣や考え方が広まっていった、とされています。でも実際はまだまだ女の子に進学や就職や恋愛の自由はなく、女学校を出たら結婚する(させられる)のが当たり前だった時代。
この時代に女の子が女の子を好きになることは、どうやったって負け戦。そこで、詠恩が死んでいること、英子は幽霊が見えること、そして詠恩が生前の記憶をなくしていること、この3つをストーリーに盛り込むことで、「勝った」とは言えないまでも、彼女たちのために居場所を作りあげた原作者のやさしさに、胸を貫かれました。
しかし、このマンガが見せてくれる世界は、こんなもんじゃなかったんです。

サブカルと侮ることなかれ。徹底的な時代考証に支えられた女の子たちのリアル

第二話は、『乙女の祈り』。第一話が台湾人少女同士だったのに対し、こちらは日本人の茉莉と、台湾人の荷舟の恋。ここで「アッ」と思う読者は多いんではないでしょうか。

舞台は日本統治時代の台湾だから、そりゃ日本人だって住んでいます。でもなんというか、外から来た日本人である茉莉の言動の端々に、「この土地の未来に責任を負っていない感じ」がどうしても漂っていて、二人の気持ちは微妙にズレている。
それは彼女たち個人のせいではないとはいえ、人間関係に影響しないわけがない。フィクションではあるけれど、いやフィクションだからこそ、歴史には残されなかった女の子たちのリアルな声や気持ちが鮮やかに立ち上がってくるようで、彼女たちが本当に存在したのでは……と思うほど。

そして、そのリアリティを支えているのは、全編にわたる徹底的な時代考証。彼女たちの暮らす当時の台中の描写がものすご~く緻密なんです。通りの名前から建築物の造り、冥婚などの風習や伝説まで!それでいて、絵柄はあくまで親しみやすい。ここから台中という街や歴史にさらなる興味が湧いてくること間違いなしです。

このマンガを日本に紹介した、一人のオタク翻訳者の熱量がすごい

ところでこの連載では翻訳作品も少しずつ紹介していますが、翻訳者の紹介はあまりしたことがありません。だけどこの作品に関しては、ぜひとも触れておきたい!

翻訳を担当された黒木夏兒さん。なんとこのマンガに惚れ込んで、翻訳したすぎてクラウドファンディングを企画して成功させたという(笑)、とんでもない熱量の持ち主なのです。

マンガの各所&最後についている訳者注も懇切丁寧だし、台湾語と中国語と日本語が混在する多言語環境を損なわないように、注意深くルビを選択している……。黒木さんがこのマンガ翻訳をどれだけ良いものにしようと尽力しているかが、ひしひしと伝わってきます。

黒木さんは、最近では『蘭人異聞録』『友繪の小梅屋備忘録』(どちらも電子書籍限定)などの台湾マンガ作品を翻訳されていて、過去にはBL小説も手がけられています!台湾好きとしても、新米腐男子としても、今後の活躍が楽しみな翻訳者さんに出会えたことは大きな収穫でした。

というわけで『綺譚花物語』、唯一無二の台湾マンガが日本語で読めることの幸せを、ぜひぜひ味わってください!

【今回紹介した本】

『綺譚花物語』星期一回収日・マンガ、楊双子・原作、黒木夏兒・訳(サウザンブックス社)1600円+税 2022年9月5日発売

・星期一回収日さんのX(旧Twitter)
https://twitter.com/monday_recover

・楊双子さんのX(旧Twitter)
https://twitter.com/undertonecat

・黒木夏兒さんのX(旧Twitter)
https://twitter.com/heimuxiaer

上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2023-08-30

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