祖父との台湾旅行

日本時代、祖母が生まれ育った台南を祖父と一緒に歩いてみました

今回の目的は台南、ここは台南駅です

今回の目的は台南、ここは台南駅です


図書館司書を経て、専業主婦をしている、ハルキともうします。
こう書くと、なんとなく、大和撫子のような響きですが、現実は少し違います。本は面白いかもしれない…と思い始めたのは20歳を過ぎてからです。ただ小学生の頃から、学校はうるさいと達観しており、一番静かな場所は図書室であり、その図書室で本を枕に昼寝をする習慣がついて、三食昼寝付きの主婦になりました。

基本的に家の中にいるのが好きな私ですが、旅をすることは大好きです。旅行の楽しみを教えてくれたのも、もっとも一緒に出かけたのも、祖父です。
仕事が忙しい父に代わり、祖父母が旅行に連れて行ってくれました。
私が成人してからは、祖父と一緒に計画を立てるようになり、ここ数年で、私が中心になって旅を計画できるまで成長しました。
祖父の趣味は写真撮影です。
ネガの時代には自宅に暗室を作り現像し、現在ではパソコンを扱って写真印刷をするほどの写真好きです。
台北や九份も満喫しました 台北や九份も満喫しました
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台湾旅行のきっかけや理由

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そして、2015年、私の母から、「孫と一緒に台湾旅してみたら?」という話がでました。」理由は2つあります。
1つ目は、祖母は今年85歳ですが、台湾生まれの台湾育ちで、戦後日本へ帰ってきました。数年前に認知症を発症した祖母は、台湾の思い出を繰り返し話します。その介護をしている90歳の祖父は「行ってみたいのぅ」と、小さく1度呟いたのを、母も私も覚えていました。祖母の症状や祖母をとりまく生活環境も安定し、旅に出るよい機会でした。
2つ目は、私自身が台湾旅行の経験があるからです。
2007年に初めて台湾を訪れ、食べ物や、人、雰囲気が大好きになってしまい、2009年には2度目の訪問をしました。その後も「また台湾へ行きたい」と思っていました。結婚や引っ越し等でその機会を逃していたのですが、台湾通の友人が、台湾旅行を計画しており、連絡をくれました。私は祖父の事情を説明すると「日中は別行動で、夕食を一緒にとる」という方法を提案してくれたのも、後押しになりました。
こうして、偶然が重なり、祖父と私は台湾へ出発することになりました。

出発!


さっそく、私は、祖父との台南の旅を企画しました。
一番の目的は祖母が通っていた小学校へ行くことです。
祖母が通っていた小学校はとても、モダンという表現がぴったりな学校でした。
学校の門付近に警備室のような建物があり、話をすると、学校の中へ入れてくれました。
祖母の通った花園小学校は、日本でよくみる小学校とは全く違い、レンガのアーチが美しく、初めてなのに、とても懐かしい感じがしました。  
祖母の母校だった花園尋常小學校」

祖母の母校だった花園尋常小學校」

祖父は祖母の学校を見て安心したようで、観光主体に切り替わり、いくつもの廟をまわり、飽きずに何枚も何枚もシャッターを切っていました。
それから、祖父は台湾の食べ物も楽しみにしていたようでした。
祖母の話には、食べ物の話しも多く登場していました。たくさんの具が入った「ちまき」、甘くてほっぺたが落ちそうになる「バナナ」、「豚足」「フカヒレ」「ビーフン」さらに、名前も知らない色鮮やかな果物…。
祖父は、それらを、一つ一つ美味しそうに食べました。
それから、祖父は夜市も楽しみました。
私は、洋服やスマホグッズ、雑貨のお店を夜市で見て歩くのが好きです。けれど、私は胃腸が弱いので夜市では「どんな水を使っているか分からない」「お金を触った手で果物をむいているかもしれない」と食べ物を口にしたことはありませんでした。
祖父は、そんな私の忠告を無視し、楽しそうに食べていました。
私もつられて食べましたが、お腹の具合が悪くなることもなく、台湾の衛生管理は結構しっかりしてるのかも…と、屋台に対しての印象が変わりました。次に台湾を訪れる際は、お腹を空かせて行きたいです。

新幹線利用

台南へ行く際、台湾の新幹線にも乗りました。
これまでの2度の台湾旅行は、台北のみです。それも、友人におんぶに抱っこだったので、台南へ行くには不安がありました。中国語だって話せません。これまでに通じた言葉といえば、「不要香菜」という、「香菜を抜いてくださいという」食事の注文だけです。英語も電子辞書頼りです。
そんな不安をよそに、祖父は、台湾での新幹線にあたる高鉄の周遊券の存在を調べ、これで台南、高雄、台北と旅してはどうだろうと言い始めたのです。周遊券を買い、使いこなすなんて、ハードルが高いなと、腰が引けていましたが、日本へ配送してくれる会社も見つけました。周遊券を利用しての台南行きは非常に便利でした。桃園空港に到着ののち、バスで高鉄(新幹線)の桃園駅へ。そして台南へと、テンポよく移動することができました。
高鉄の乗り心地は新幹線と全く一緒ですが、トンネルは少なく、どんどん新しい景色が流れていきます。台南に1泊、高雄に1泊したのち、台北に出て友人と合流しましたが、祖父と2人旅の間、言葉が通じなくて困ったことは一つもなく、誰かが助けてくれました。私は改めて台湾の人たちの優しさに感動し、笑顔に癒されました。
楽しかった高雄

楽しかった高雄

気が付いたこと

今回、祖父との旅で学んだことは「祖父はタクシーの助手席に乗せよう」です。台湾のタクシー料金は日本より断然安いので、乗り慣れてしまえば、本当に便利です。行き先の住所や名称を漢字で書けば、だいたい通じます。運転手さんも、だいたい親切です。(トラブルにもあったことがあるので「だいたい」で止めておきます。)ですから、過去2回の台湾の旅でも私はよく利用したのですが、高齢者にとって台湾のタクシーの多くは、乗り降りしにくいものだと、初めて気づきました。
台湾のタクシーは基本的に日本と乗り方は一緒だと思います。けれど、大きく違うのは、自分でドアを開け閉めすることです。その上で乗りにくい理由がありました。
後部座席は背もたれに向かって、座席が緩やかに斜めになっています。そのため、祖父は座ってしまうと、ドアを閉めるため手に力が入らないようでした。かといって、先に祖父を乗せると、後部座席の中央に段差のある車が多く、この段差を越えるほど足を上げることが、祖父には辛かったようです。つまり、「祖父を先に助手席に座らせドアを閉め、私は後部座席に乗り込む」と良かったのかなと思いました。

旅が終わって

祖母は、口うるさい人です。「お帽子をかぶりなさい」、「お掃除はこういう風にしなさい」、「お返事するときは、はい、と言いなさい」など、一から十まで口をすっぱくして私を教育しようとしました。そのためか、祖母の少女時代の写真を見ても、馴染みもなく、感想も浮かびませんでした。

けれど、今回台湾を旅している間、少女時代の祖母が、幸せそうに笑って生活している姿が何度も私の脳に浮かび上がりました。この旅でようやく、祖母の存在が近くに感じられるようになった気がしました。

上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2015-06-29

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