琉園水晶博物館
Tittot Glass Art Museum
リョウユエン・スエジン・ボウウーグアン
台湾ブランドを一躍世界に知らしめたTittot、ガラス・ルネッサンスを興した王侠軍の世界に入り込んでみませんか?
こんにちは、台北ナビです。
ガラスと聞くと、クリスタルのスワロフスキーやバカラ、ベネチア・グラスやボヘミアンガラスが思い浮かび、その繊細なカッティングやキラキラの輝きに、自然とため息が出てきてしまいます。ガラスの輝きは魅惑的で、瞬時我を忘れさせてくれます。その虜となってしまったために収集家と化してしまう人も少ないそうな。かくいうナビも自己予算が許せば、収集家のはじっこにでも居座りたいものだと、今日ここ「琉園水晶博物館」へ来る前決意を固くしたのです!
「琉園水晶博物館」(Tittot)を語るには
「Tittot」と書いたほうが、ピンと来る人も多いはず。台湾ブランドなんです、と言ったら、そうだったんですか!と驚く人も多いかも。「Tittot」を語るには「王侠軍」をまず語らなければなりません。王侠軍(Heinrich Wang)さんは、インテリアデザイナーや俳優、監督といろんな職歴を経て、1987年、ガラスアートへの憧れと情熱を胸に秘めて単身渡米し、ガラス工芸創作を学びました。翌年には、台湾で初めてのガラス工房「琉璃工房」を設立します。その3年後には、台北故宮博物院に作品が長期にわたって展示され、さらに2年後には北京故宮博物院に作品が永久収蔵されることになりました。そして、1994年「琉園」(Tittot)を設立。
1998年には「中華ガラスアート協会」も設立し、中華にこだわるガラス工芸の世界を広めていきます。「琉園水晶博物館」Tittot Glass Art Museumができたのは1999年のことです。その間も英国ビクトリア&アルバート美術工芸博物館に作品が永久収蔵されたり、第五回世界中華文化芸術賞も受賞。博物館設立の1999年には、北京の国立中国歴史博物館にて展覧会を開催、その後もヨーロッパで展覧会を行い、現在も国内外で活躍をされています。
王侠軍さんの作品技法の特色は、ガラス製作技法の中で最も難易度が高いといわれる技法「パート・ド・ヴェール」(蝋型鋳造法)を採用していること、そして中国の哲学思想や美意識を捉える為の彫刻的且つ繊細なフォルムの表現に長けているのが特徴的です。王侠軍さんの作品は日本でも見られます!阪神大震災の被災者の方たちのために作った「浴火鳳凰」が、淡路島の美術館アルファビア前の市民広場にあります。
博物館の中は?
1階は吹きガラス工房、瑠璃ガラス教室、王侠軍の世界、脱蝋鋳造技法エリア、国際ギャラリー、琉園tittotの6つのエリアに分かれます。一階の入り口を入ってすぐ右が「王侠軍の世界」で、一瞬足が立ち止まります。王侠軍の代表作品の真髄に触れたい人はじっくりゆっくり時間をかけてどうぞ。有名な作品ばかりが展示されています。
右の区切られたエリアは「琉園」(tittot)。小さなものから芸術品の大きなものまで、値段が貼られているので、購入が可能です。そもそも「琉園」の「琉」は「琉璃」からで、「琉璃」は唐の時代のガラスの呼称なのです。中華は玉器、瓷器などの国で、ガラス芸術はヨーロッパと比べればその歴史はまだ浅いのですが、近代メキメキと頭角を現してきています。「琉園」(tittot)コーナーでは買おうかなどうしようかな、と悩みつつ、値段に目がテンになったり。小さなものは予算的に購入も可能なんですけど、踏ん切りつかず断念しました。ナビにとって「琉璃」収集家への道のりはかなり遠そうです。
国際ギャラリーはアーティストの作品披露の場
この日は台湾のガラスアーティスト梁志偉(Steven Liang)の作品30点が展示されていました。鋳造や宙吹き、型吹きなどいろんな技術を取り入れ、さらに銅や銀なども添加。また色も多くして、透明感や柔軟性を出すのがStevenの特徴でもあります。フラメンコを踊る女性のスカート、ジプシーやジャズにも作品のアイディアを得たとのことでした。Steven曰く「気に入らない作品は、自分で壊して、その壊したガラスをまた組み合わせていくうちに色彩の多様さを発見したんだ」と、若手アーティストらしく熱意のある語り口で、一つ一つの作品を説明してくれました。躍動感のある色彩豊かな作品に、熱い生命の鼓動が感じられます。
博物館内ではガラス工芸の体験を楽しむことができます。コースの種類は多種で、2週間くらいかけるコースもあれば、1日2時間以内で終わるものもあります。ガラス玉を作るだけでもおもしろいですよ。この日はStevenが教えてくれました。
1、ガラス棒は自分の好きな色を選びます。
2、ガラス棒をバーナーで熱して溶かします。サングラスは必ずかけてください。
3、鉄の細い棒に溶けたガラスを移します。
4、デザイン
5、形を整えて冷却。ガラス玉を棒の上に取り出し、専用の機械で仕上げ。
6、完成。つなげればネックレスができます。
ガラス彩絵、ガラス砂絵などの体験
作成時間:約1時間半
教室費用:250元~800元(作品によって異なり、ガラス玉製作は550元)
1、ガラス棒は自分の好きな色を選びます。
2、ガラス棒をバーナーで熱して溶かします。サングラスは必ずかけてください。
3、鉄の細い棒に溶けたガラスを移します。
4、デザイン
5、形を整えて冷却。ガラス玉を棒の上に取り出し、専用の機械で仕上げ。
6、完成。つなげればネックレスができます。
ガラス彩絵、ガラス砂絵などの体験
作成時間:約1時間半
教室費用:250元~800元(作品によって異なり、ガラス玉製作は550元)
吹きガラス工房はショーさながら
ガラス教室を見た後、吹きガラス工房へ入りました。この日は蔡アーティストの模範を見ます。よく雑誌やTVなんかで、プーッとガラスを吹いているのを見て、なんだか楽器を演奏してるみたいで、かっこいいなと思ってたのが、今日はすっごく間近に見られて感動。工房内は熱くて、夏は大変だろうなと思いましたが、アーティストはそんなことに気を配ってられません。1000度以上の釜から出された液体のガラスは、何度も打たれたり吹かれたり、冷やしたり熱したりしながら、自由自在に形が変えられていきます。最初の吹きでは小さくふくらみ、コップかお椀かを作ってるのかなと思っていたら、吹くごとに大きくなっていきました。途中型にも入れたので、たぶんビアジョッキみたいなものになるんだなと思っていたら、最後の吹きと空中での回転で、パッと花びらのように開き、きれいなフルーツ皿のような形に仕上がりました。ガラス製作のショーのようでしたね。最後はひと打ちで、お皿は棒から外れました。ガラスの歴史を知るには
2階は、歴史の説明とチェコはじめ、ヨーロッパ、アメリカなど外国のガラス芸術家たちの作品を展示しています。
さてガラスの歴史とは?2600年前にさかのぼると言われています。メソポタミアが起源で、その時期には、ロッド・コア形式、鋳造、宙吹き、型吹きなどのベーシックなものはあったと言われています。1500年前には、王朝文明が装身具などにガラスを用いるようになり、中国でもこの時期トンボ玉やガラスビースが始まりました。紀元前30年頃のローマ時代になって、吹きガラス技法と呼ばれる、ガラス工芸史上最も画期的な生産技術革命が起こりました。この技法は今でも世界中で使われています。
ガラスといえば、なんといってもイタリア。395年隆盛を誇っていたローマ帝国は東西に分裂、467年消滅。国は荒廃すれど、ローマのガラス工芸は東方に移り、辺境に住み着いていたガラス工人たちによってビザンチン・グラスなどの新様式のガラス器が誕生しました。エナメル彩色や色ガラスの製造も盛んに行われ、特にビザンチン帝国で開発されたステンドグラスは、隣接した東方の回教国にも普及し、西洋ガラス工芸の基礎を作ったといわれています。
1200年頃に滅亡した東ローマ帝国のガラス工人の大部分はイタリアのベニス共和国に移動し、一世を風靡したベネチア・グラスを興しました。15~16世紀はベネチア・グラスの最盛期で、ガラス工人たちはムラノ島という島に移住させられ、技術島外不出の掟のもと世界のガラスを牛耳っていました。この頃作られていたガラス器は、食器、シャンデリア、ランプ、動物や船などのガラス細工、錬金術用の化学器具、窓ガラス、鏡など多種多様。1682年に完成したベルサイユ宮殿の「鏡の間」は、このムラノ島から職人が12人引き抜かれて作ったそうです。
18世紀後半に起こった産業革命で、フランス人の化学者ルブランは、ソーダ灰の新製造法ルブラン法を発明。これ以後、ガラスの原料のアルカリ源はソーダ灰になりました。 その後は手吹円筒法、蓄熱式加熱方法も発明され、1889年、パリ万博でエミール・ガレが作品を出品し大好評を博しました。アール・ヌーヴォー様式に続いてルネ・ラリックやモーリス・マリノらによるアール・デコ様式の全盛を迎え、ガラスの芸術性は、確固たる地位を築き今に至っているのです。
ガラスといえば、なんといってもイタリア。395年隆盛を誇っていたローマ帝国は東西に分裂、467年消滅。国は荒廃すれど、ローマのガラス工芸は東方に移り、辺境に住み着いていたガラス工人たちによってビザンチン・グラスなどの新様式のガラス器が誕生しました。エナメル彩色や色ガラスの製造も盛んに行われ、特にビザンチン帝国で開発されたステンドグラスは、隣接した東方の回教国にも普及し、西洋ガラス工芸の基礎を作ったといわれています。
1200年頃に滅亡した東ローマ帝国のガラス工人の大部分はイタリアのベニス共和国に移動し、一世を風靡したベネチア・グラスを興しました。15~16世紀はベネチア・グラスの最盛期で、ガラス工人たちはムラノ島という島に移住させられ、技術島外不出の掟のもと世界のガラスを牛耳っていました。この頃作られていたガラス器は、食器、シャンデリア、ランプ、動物や船などのガラス細工、錬金術用の化学器具、窓ガラス、鏡など多種多様。1682年に完成したベルサイユ宮殿の「鏡の間」は、このムラノ島から職人が12人引き抜かれて作ったそうです。
18世紀後半に起こった産業革命で、フランス人の化学者ルブランは、ソーダ灰の新製造法ルブラン法を発明。これ以後、ガラスの原料のアルカリ源はソーダ灰になりました。 その後は手吹円筒法、蓄熱式加熱方法も発明され、1889年、パリ万博でエミール・ガレが作品を出品し大好評を博しました。アール・ヌーヴォー様式に続いてルネ・ラリックやモーリス・マリノらによるアール・デコ様式の全盛を迎え、ガラスの芸術性は、確固たる地位を築き今に至っているのです。
ガラスの魅力に
どうでしょうか?2階ではガラスの歴史がパネルで紹介されています。ナビはもうすっかりガラスに参ってしまったので、ムラノ島ってどんなとこなんだろ、今でも職人さんの工房が残されているのかな?とか、ステンドグラスがきれいな教会へ行ってみたい!イスタンブール?なんて、頭の中はガラスの世界へどっぷり入り込んでしまってますが、皆さんはいかがでしょうか?ガラスが好きな人はもっと好きに、あまり知らない世界だった人も、ここまで来たらもう逃れられないです。それはもう、いとも簡単にガラスの美しさの虜になってしまうことでしょう。
以上、台北ナビでした。
記事登録日:2008-06-30
基本情報
| 住所 | 台北市北投区中央北路四段515巷16号 |
|---|---|
| 電話番号 | (02)2895-8861 |
| 営業時間 | 9:00~17:00(火~日) |
| 休業日 | 月曜日 |
| クレジットカード | 不可 |
| 日本語 | 不可 |
| 料金 | 入館料:大人 100元 10人以上の団体は一人80元 子供、学生、65歳以上の方 50元 *身長100cm以下の子どもと身障者の方は無料 |
| ホームページ | www.tittot.com (中国語) |
| 行き方 | MRT淡水線「関渡」駅下車。駅構内に「琉園水晶博物館」の標識があります。出口1を出て、すぐ左の方へ向かいます。パパイヤや野菜の畑がある細い田舎の路地道を歩くこと5分。水晶博物館の文字が見えます。角に土地の神様像があり、そこを右に曲がると正門があります。 |
上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。
スポット登録日:2008-06-30


































































